予告編
特報
イントロダクション
生後すぐに「脳死に近い状態」と宣告された帆花ちゃん。 母親の理佐さん、父親の秀勝さんと過ごす家族の時間にカメラは寄り添う。常に見守りが必要な帆花ちゃんとの生活は誰にでもできることではない。でも、理佐さんと秀勝さんの2人にとってはあたりまえで、普通のこと。いろんな場所に出かけていき、絵本を読み聞かせ、お風呂に入れ、吸引をする……ありふれた日常の中で積み重なり、育まれていくもの。動かなくても、言葉を発しなくても、ふれあうことで通じあい、満ちていくもの。帆花ちゃんを愛しむ両親の姿から伝わる、我が子と一緒にいられる幸せ。

そんな家族のかけがえのない日々に、生きる喜びと生命の営みを見出したのは、今作が初監督作品となる國友勇吾。3歳だった帆花ちゃんが小学校に入学するまでの間、家族のすぐそばで、言葉にならずとも、カメラに映らずとも、ひとが生きていく上で大切なものを丁寧にみつめ続けた。プロデューサーに『春を告げる町』の監督でもある島田隆一を迎え、編集を『ニッポン国VS泉南石綿村』『東京クルド』などの秦岳志、整音を『台湾萬歳』『オキナワ サントス』などの川上拓也が手掛けるなど、現代ドキュメンタリーの精鋭陣がスタッフとして参加している。

帆花ちゃんの手の柔らかさとぬくもりに、生を実感して心が震えたという國友監督が紡ぎ出す、いま、この社会に私たちとともに在る「いのち」の物語。
監督
監督國友勇吾くにとも ゆうご
1983年石川県生まれ。2012年、日本映画学校(現・日本映画大学)映像ジャーナルコース卒業。その後フリーの映像制作者として、パチスロ 爆 サイカジノ 入金不要用PR映像の制作現場などで活動。2017年、島田隆一監督のドキュメンタリー映画『春を告げる町』(2020年公開)に助監督として参加。『帆花』が初監督・長編第1作となる。
| 監督インタビュー |
――この映画の製作経緯を教えてください。
企画自体は日本映画学校の卒業制作としてスタートしました。題材を探しているときに、ジャーナリストの柳田邦男さんのインタビュー映像を観たんです。柳田さんは、息子さんが精神を病んだ末に自死を図り、脳死状態になった体験をもとに本を書かれています。それまで僕は、とくに深く考えず臓器移植意思表示カードに○をつけていたのですが、柳田さんのことばに触れて、はたして脳死は本当に死といえるのか、と疑問を抱き、脳死をめぐるドキュメンタリーを撮ろうと考え始めました。
――そこから、帆花ちゃんとご家族を撮影しようと思った理由はなんでしょう?
脳死について調べているなかで、理佐さんのブログをまとめた本と出会ったのが大きかったですね。すでに亡くなっているのですが、僕の母は定年前の十数年間、養護学校で働いていました。母が亡くなったあと、パソコンの整理をしていたら、母が帆花ちゃんとよく似た、重度の障害をもった男の子と交流していた映像を見つけたんです。正直そのときは「かわいそう」とか「この子は本当に生きている意味があるんだろうか」とか思ってしまった。でも、映像を観ると、母はその子と笑顔で接していたんです。いったい母はこの子に対してどんな気持ちをもっていたのか、聞いてみたかったなと思いました。もしかしたら、理佐さんにそういう母の姿を重ねていたのかもしれません。
――ご家族のなかに入って撮影をするうえで、どんなことを意識されましたか?
家族のありのままの生活、その時々の出来事を丁寧に撮っていこうと考えました。ことばについても、インタビューによって聞き出すのではなく、ふとした会話や投げかけられたことばをそのまま撮ろう、と。結果としてご両親にインタビューをおこないましたが、家族のあり方を一般化したり矮小化したりしてしまわないように、あるいは「重い障害をもつ子どもとその家族」というふうに世の中の通念に当てはめてしまわないように気をつけていましたし、環境は違っても、同じように生活を営む人として家族の姿を見てほしい、身近に感じてほしいと思っていました。
――被写体となるご家族との距離感についてはどのようにお考えでしたか?
カメラの距離感については、客観的でも主観的でもない距離感で接することを心がけました。撮影者としての意識は保持したうえで、個(わたし)と個(あなた)という相互的な存在として家族や帆花ちゃんに接することで、少しずつ関係性も形成されていく。それを映し出すことで、映画をご覧になる方々にも、帆花ちゃんの存在が実感を伴って立ち上がってくるのではないか、と考えていました。
――ご家族とともに過ごした時間ははっきりと映像に刻み込まれていると感じました。
あたたかく楽しい家族の日常のなかで、季節の移ろいとともに帆花ちゃんのベッドの周りの飾りつけや彩りが変わっていたり、理佐さんと秀勝さんがふとしたときに帆花ちゃんを見つめていたり……そういうなにげない瞬間や変化を見据えることで、「家族の時間」の積み重ねを映し出したいと思いました。それはご家族が、帆花ちゃんとの時間を積み重ねていくことをなによりだいじにされていると感じていたからです。
――撮影を終えるタイミングはどのように決められたのでしょうか?
撮影を続けていくなかで、理佐さんが僕に対して「いったいなにを撮ろうとしているんだろう?」と疑問をおぼえるようになり、僕も理佐さんの問いかけに十分に応えきれなかったところもあって、理佐さんの僕に対する信頼が揺らいでしまったんだと思います。結局、帆花ちゃんの小学校入学を機に撮影に区切りをつけることになりました。
――そこから、作品が完成するまでに7年近い年月がかかっていますね?
僕としては、はたして撮りきれたんだろうか、まだ描けていないものがあるんじゃないか、という気持ちが強く残っていたなかで、編集を始めることになりました。
思考錯誤しながら作業を進め、ある程度まとまった映像をご家族にお見せしたら、「私たちはこんなに暗くないよ」と言われてしまったんです。もともと家族の明るさや楽しげな姿に惹かれて撮り始めたはずだったのにそれを表現できていなかった。
打開策が見つからないまま時間だけが過ぎていき、帆花ちゃんも中学校に進学して、生活や気持ちの面でもさまざまな変化がご家族にはあったと思います。撮影した素材がどんどん過去のものになっていくことに焦りを感じ、一時はもう諦めようかとも思いました。
――でも、諦めなかった?
そうですね。僕自身が帆花ちゃんや家族と出会い、その生活や思いに触れることで、「いのち」とはなにか、その拠り所はどこにあるのか、ということを撮影や編集の時間をとおして考え、学びを得る貴重な経験をしていた実感があったので、諦めずに完成させることができたのだと思います。
――この映画を観ると帆花ちゃんだけでなく、私たちの「意思」というものについて考えさせられます。
僕自身、帆花ちゃんの「意思」を感じ取れているか、と問われれば、正直わからないことのほうが多い。おそらく映画をご覧になった方のなかにも、これは帆花ちゃんの「意思」ではなく、ご両親の「考え」なのでは、と疑問を抱く方もおられるかもしれません。ただ、僕らの日常的なコミュニケーションにおいても、相手の言動をどう読み取るかは個人によって微妙にちがうわけで、いわば僕らの「意思」というのも受け止める側の人間性や知識や体験によって変わるわけですよね。だから、帆花ちゃんが「こう感じているかもしれない」とこちらが考えながら接することは決して特殊なことではないと思うんです。
――むしろことば以外のものをいかにすくい上げるか、ということが重要になってきますね。
僕らも常日頃、相手のことばを100パーセント理解しているわけではない。そういう観点に立って考えると、帆花ちゃんとのコミュニケーションは実はとてもシンプルで、彼女をしっかり見つめる、向き合うことからすべてが始まるわけですよね。本当に意思疎通ができているのかわからないからこそ、わかりたいと思うわけで、それが人との向き合い方の基本なのだろうと思います。
理佐さんは「帆花の存在によって、自分のいのちが照らされている」ということをおっしゃいますが、相手の存在を感じることで自分の存在をたしかなものにする、ということが人が生きるということの根本なんじゃないかと思います。
――これから劇場公開が始まります。この映画がどのように受け止められていくことを望みますか?
この映画をご覧になった方には、無理に答えを出そうとするのではなく、まず問いを持って帰ってほしいと思います。僕自身、普段の生活やコミュニケーションのなかで、わかった気になって通り過ぎてしまっていることがたくさんあるんじゃないか、もっとわからないというところに踏みとどまって考える必要があるんじゃないか――帆花ちゃんとの時間を通じて、そんなことを思わされました。わからないことはわからないとしても、そのわからなさと向き合い続けることに意味があるし、そのための問いを投げかける映画にはなっていると思うので。
(聞き手・構成=佐野亨)
スタッフ
撮影田崎絵美たさき えみ
福島県出身。京都嵯峨芸術大学短期大学部洋画コース卒業。2011年、日本映画学校(現・日本映画大学)映像ジャーナルコース卒業。パチスロ 爆 サイカジノ 入金不要用PR映像やWEB動画、舞台、自主映画の撮影を務める。
プロデューサー島田隆一しまだ りゅういち
2003年、日本映画学校(現・日本映画大学)卒業。橋本信一監督のドキュメンタリー映画『1000年の山古志』(2009年)に助監督として参加。2012年、監督を務めたドキュメンタリー映画『ドコニモイケナイ』を発表、ユーロスペース他で公開され、2012年度日本映画監督協会新人賞を受賞。2014年、筑波大学創造的復興プロジェクトが製作する『いわきノート』に編集として参加。プロデュースを手がけた田中圭監督『桜の樹の下』(2015年)は、ドイツのニッポン・コネクション2017で観客賞と審査員特別賞、第71回毎日映画コンクールドキュメンタリー映画賞を受賞する。2020年には、監督最新作『春を告げる町』がユーロスペースにて公開、第11回DMZ国際ドキュメンタリー映画祭アジアコンペティション部門、山形国際ドキュメンタリー映画祭2019〈ともにあるCinema with Us〉部門に正式出品された。日本映画大学専任講師。
編集秦 岳志はた たけし
大学在学中よりBOX OFFICEの映像制作部でテレビ番組、映画予告編制作を担当。1999年よりフリーランスとなり、現在はドキュメンタリー映画と予告編の編集を中心に活動。編集した主な映画作品に、佐藤真監督『花子』(2001年)、『阿賀の記憶』(2004年)、『エドワード・サイード OUT OF PLACE』(2005年)、ジャン・ユンカーマン監督『チョムスキー9.11 Power a nd Terror』(2002年)、小林茂監督『わたしの季節』(2004年)、『チョコラ!』(2008年)、『風の波紋』(2015年)、真鍋俊永監督『みんなの学校』(2014年/編集協力)、小森はるか監督『息の跡』(2017年)、戸田ひかる監督『愛と法』(2017年)、『My Love 日本篇』(2021年)、島田隆一監督『春を告げる町』(2020年)、原一男監督『ニッポン国VS泉南石綿村』(2017年)、『水俣曼荼羅』(2020年)、日向史有監督『東京クルド』(2021年)など。
整音川上拓也かわかみ たくや
映画美学校ドキュメンタリーコースで学んだ後、フリーの録音・編集としてドキュメンタリー映画を中心に活動。録音担当作品に酒井充子監督『ふたつの祖国、ひとつの愛 イ・ジュンソプの妻』(2014年)、小林茂監督『風の波紋』(2016年)、福間健二監督『パラダイス・ロスト』(2019年)、戸田ひかる監督『My Love 日本篇』(2021年)など。整音担当作品に田中圭監督『桜の樹の下』(2015年)、小森はるか監督『息の跡』(2016年)、松林要樹監督『オキナワ サントス』(2021年)など。録音・編集担当作品に酒井充子監督『台湾萬歳』(2017年)、大浦信行監督『遠近を抱えた女』(2018年)など。作り手によるドキュメンタリー雑誌「f/22」編集委員。
音楽haruka nakamura
音楽家。青森出身。2008年に1st album「grace」を発表。最新作は初のピアノソロアルバム「スティルライフ」シリーズ。ソロ名義の他、さまざまなユニットで多数オリジナルアルバムを発表。東京・カテドラル聖マリア大聖堂、広島・世界平和記念聖堂、野崎島・野首天主堂をはじめとする多くの重要文化財にて演奏会を開催。近年は、杉本博司「江之浦測候所」のオープニング特別映像、国立新美術館「カルティエ 時の結晶」、「安藤忠雄次 世代へ告ぐ」などの音楽を担当。京都・清水寺成就院よりピアノ演奏をライブ配信。東京スカイツリー、池袋サンシャインシティなどのプラネタリウム劇伴音楽を担当。早稲田大学交響楽団と大隈記念講堂にて自作曲でオーケストラ共演。Nujabesをはじめとする多くのアーティストとのコラボレーションを行い、翻訳家・柴田元幸との朗読セッション(ライブアルバムを発表)や、画家ミロコマチコとのライブペインティング・シリーズもDVD「taguedava」となり刊行。その他、BEAU PAYSAGEとのプロジェクト「美しい風景」、Huluドラマ「息をひそめて」、NHKドラマ「ひきこもり先生」「金色の海」、カロリーメイト、ポカリスエット、スマートニュース、ロト6、AC公共広告機構、CITIZENのCM等、さまざまな分野で音楽を手がける。
コメント
安全圏からお気楽に、「いわゆる美談」として消費できるような作品では、まったくない。むしろ観客は、次々と湧き上がってくる複雑な感情や思考と絶えず格闘し、かつてないほど深く重く、「人が生きるということ、生きているということ」の本質を、己自身に問い直さざるを得なくなるだろう。その上でなお……何よりも帆花さんの生そのものが放つ力と、それを最大限引き出し受け止めてみせるご夫婦の覚悟、その驚くべき強さと豊かさ、美しさが、我々を圧倒するのだ。
ライムスター宇多丸
ラッパー/ラジオパーソナリティ
答えのない映画だ。でも、そもそも、子育てには答えなんかない。言葉は、コミュニケーションを楽にしてくれるけれど、関係を複雑にもする。楽になったり複雑になったりするうちに見失うものも多い。帆花ちゃんとご両親との関係は、究極にシンプルで、だからこそ本質的な問いなのだと思う。
俵万智
歌人
帆花さんが家族や縁のある人たちの中にいて生まれる暮らしを見ていると、命は一人で生きるものではないことが染み入るように伝わってきます。揺れながら、慈しみ、そこに一緒に「いる」だけで生まれる幸せもある。人のできるできないを測りすぎる物差しを手放して、多くの方に映画を見てほしいと思います。
岩崎航
詩人
ほのかちゃんを取り囲む世界に触れて
幸せな気持ちを
あなたもこの映画でお裾分けしてもらってくださいませ。
わたしはとてもあたたかな気持ちになりましたよ。
一青窈
歌手
眠りの姿と祈りの姿はよく似ている。帆花さんの家族の生活を見ていると、祈りと命が中心にある。日々訪れるこの暮らしを、新しくかけがえのない日々として聖なるものへと深めながら、わたしたちは暮らせているだろうか。人生は、そうした日々の積み重ねの結果でしかないのだから。
稲葉俊郎
医師、医学博士
見えない、聞こえない、動けない、機械がなければ呼吸もできない。それでも彼女が問いかけにわずかに反応を返すことに、成長と共に少しずつ変化していることに、家族は気づいている。生きている意味があるのかという心無い声や、的外れな同情は気づけない。動けない体に、本当は魂が満ちていることに。枯れた木の、根はひそやかに春を待っていることに。
寺尾紗穂
文筆家/音楽家
あなたとわたし、そのふたつの関係をつなぐものは言葉だけなのだとずっと思っていた。だけどぼくも我が子を迎えてみて、それは過ちだったと気づいた。
まだ言葉を発さないはずの彼らに対して、あふれるものがあった。どぼんどぼんと尽きることなくあふれてくるこれは、どこから?
その源は、体温にあった。あなたの体温とわたしの体温をわかちあったときに、関係が始まっていたのだ。
映画『帆花』は、体温を思い出させる。沈黙のままに、あなたとわたしをつないできた大切な人の体温を。
齋藤陽道
写真家
医療機器の電子音と、帆花さんの呼吸音が歌のように響く、あたたかな家。
彼女の成長を見守る両親と、大切な人たち。
ひとつの家族の日常をそっと見つめる映画を、ともに。
瀬尾夏美
アーティスト
〈星子が居る〉毎日です。星子45歳母80歳父85歳。星子は無為の人です。いろいろとわからないという思いが暮らしに根付いています。理佐さんの言葉が身に沁みます。
「自分が何をやっているのか、わからないときがある。でも、何か大事なことをしているという確信がある。その確信の実体をつかみたい」。
最首悟
和光大学名誉教授
画面のなかで時々映る理佐さんの手は痛々しく荒れていた。対照的に帆花ちゃんの顔はつやつやとして輝いていた。理佐さんの手を見るたび自分の母を思い出した。毎日の水仕事で同じように荒れていたことを。そして帆花ちゃんを見ていると自分の娘と重なった。映画撮影時の彼女と娘は同じ年頃なのだ。
自分は超高齢出産だったのだが、ほぼ同じ年齢で同時期に出産した20年来の友人がいる。その友人と、子どもが生まれてから部屋のなかが明るくなったね、という話をしていたら、ポツリと彼女がつぶやいた。「もうこの太陽がない生活は考えられないなあ」と。わたしたちは知った。子どものいのちがどれくらい周りを明るく照らしてくれているかを。そして思い出した。自分の手が荒れることよりも子どもの世話を優先してくれる親がいることを。
この映画を通して、いのちを見守っていくことの厳しさと、それとともにある美しさを見せてもらえた。
川内倫子
写真家
誰もが考えるのが「もし自分が帆花ちゃんだったら」「もし自分が帆花ちゃんの親だったら」ということだろう。でも、それはとても想像の及ぶことではない。結局、自分はどちらでもないから、一時的に考えるだけで忘れてしまいがちだ。でも、私たちは「帆花ちゃんの周りの人たち」のひとりだ。それは「もし」ではなく、現実だ。映画の中で帆花ちゃんのお母さんが言っていた。「世の中にあたしと帆花の二人っきりみたいな気分になるときがある」と。こういう映画が撮られ、それを見る人たちがいることの大切さを、とても感じた。「多くの人に見てもらいたい」という決まり文句に、本気をこめられたらと願う。
頭木弘樹
文学紹介者
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